
100万円が宝くじで当たったら相当嬉しい。
ただ、無職の経験がある人は分かると思うが、100万、200万なんて普通に生活するだけで、あっという間になくなる。
節約して1か月10万円で生活するとする。
10万円×12か月で年間120万。そして1年なんてあっという間に過ぎてしまう。
ニュースを聞くたびに、「なんでそんなことで事件を起こすのだろう」「割に合わない」と思うことが多々ある。
高校生が実行役で人が亡くなったトクリュウの事件も記憶に新しい。
指示役や上の人が海外に逃亡したとかしないとか。
犯罪が成功してある程度のまとまった金額が入ったとして、海外に逃亡すればウハウハな生活が待っているのだろうか?それにお金を山分けしたら結局ははした金になるのではないか。
自分の名前や環境を捨てて、慣れない海外でそこに紛れてひっそりと暮らす。日本の土を二度と踏めない生活。
そんな生活だったら、いっそつかまって刑務所暮らしのほうがまだ楽なんじゃないか。精神的にも自分の負担としても。
また、別のニュースではどこかの協会で使途不明金が3,500万円みつかり会計係が行方不明だと。100万円から3,500万円に金額が上がったとしてもそれは同じ。そこら辺のマンションや家を買ったら終わりである。その金額で一生は暮らせないだろう。日雇い労働しながら一生ひっそりと生きるというのか?
そう考えると。人を殺してまで、傷つけてまで、そして捕まる(そう先ず捕まるから!)リスクを侵して、それらの犯罪に走るメリットがいかほどのものなのか?
元アウトロー作家の浅田次郎さんがエッセイの中で言っていた。
そんなリスクを冒すのなら、頑張って働いて百万・一千万稼ぐほうがはるかに楽だと。
本当にその通りである。
逃亡生活したり、ブタ箱で何年も暮らすことを考えたら、その年月を捨てたものとして我慢して働いたほうが稼げるかもしれないし、道が開けるかもしれないのに。
もちろん、そう思えるのは客観的立場で考えたからであって、自分がそのような状況に置かれたら同じようなこと、犯罪に手を染める可能性だってある。
このお金使ってもバレないんじゃないとか、ふと魔が差したりして、そこから芋づる式に落ちていく場合もあるだろう。